遺伝子組換え

遺伝子組換え植物は、従来育種では出現しない形質の付与を実現する技術です。花においては、「青いバラ」や「青いカーネーション」など遺伝子組換えによってこれまで不可能であった色を持つ新しい品種の開発が行なわれています。遺伝子組換え技術の利点は、従来もっている有用な形質はそのままに、新たに形質を付与することができることです。

当研究部、リンドウにおいて遺伝子組換え技術を開発し、これまでのイメージとは一線を画したリンドウの育成に取り組んでいます。

写真は、これまでに当分野で作成した遺伝子組換えリンドウの一例です。最近、黄色リンドウの作出にも成功しました。

また、ゲノム編集等の植物における新育種技術(NPBT : New Plant. Breeding Techniques)の開発も進めています。

〜黄色花のリンドウを世界で初めて作出〜 

遺伝子工学的手法を用いて、これまでの育種方法では不可能であった「黄色花のリンドウ」の作出に成功しました。

 ゲノム編集技術注1)により作出した白花リンドウ系統に、遺伝子組換え技術によりベタレイン注2)生合成酵素遺伝子を導入することにより、植物ではナデシコ目にしか存在しない黄色色素ベタキサンチンの蓄積に成功しました。これまでトマトやトルコギキョウ等で赤色色素ベタシアニンの蓄積例はありますが、黄色色素であるベタキサンチンによる黄花化は園芸作物では世界で初めてです。 


【研究成果の概要】

 花の色や果実の色に関係している植物色素は、主にフラボノイド、カロテノイド、ベタレイン、クロロフィルに分類されます。そのうち、ベタレイン色素はナデシコ目植物(オシロイバナ、マツバボタンなど)にだけに存在し、鮮やかな黄色、赤色、橙色等の色を生み出します。本研究ではベタレイン色素を遺伝子工学的手法を用いてリンドウに作らせることにより花色改変を試みました。ベタレイン色素のうち、黄色を示すベタキサンチンの生合成経路を触媒する酵素遺伝子を花弁で特異的に発現するように設計したベクターを用いて、ゲノム編集技術(CRISPR/Cas9システム)により作出した白花リンドウに導入したところ、鮮やかな黄色いリンドウが咲き、その成分はベタキサンチンによることが明らかとなりました(図1,2)。  

 

【今後の展望】

 今回作出した黄花リンドウは、遺伝子組換え技術を用いているため、これを規制する日本のカルタヘナ法(正式名称:遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)の規制対象となります。本系統を一般的な温室や圃場で栽培するためには、国へ申請し承認を受ける必要があります。ちなみに、同法律に基づき、現在、日本で商業利用されている花としては花色を青色に改変したバラやカーネーション、コチョウランがあります。また、今回、ベタレイン色素による花色改変が可能になったため、今後、オレンジ色等のこれまでにない花色をもつ新奇性の高いリンドウの開発にも繋がる成果です。さらに、本手法は他の花き植物への応用も期待されます。


雑誌名: New Phytologist 240: 1177-1188 (2023)

論文タイトル: Production of yellow-flowered gentian plants by genetic engineering of

betaxanthin pigments.

著者: Nishihara et al.

URL: https:// doi.org/10.1111/nph.19218

 

【著者所属一覧】  公益財団法人岩手生物工学研究センター 

西原 昌宏・平渕 亜紀子・後藤 史奈・

上杉 祥太・渡辺 藍子・鷲足 理恵

国立医薬品食品衛生研究所  西﨑 雄三 

東京農業大学 田崎啓介

大坂公立大学 佐々木 伸大

謝辞

 本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究(B)「植物色素ベタレインの種を超えたエンジニアリング基盤の構築15H04453(研究代表者:西原昌宏)」と農林水産省委託プロジェクト研究「ゲノム編集技術を活用した農作物品種・育種素材の開発(個別)」 (JP19190722)による支援を受けて行われました。 

 

【用語解説】

注1)ゲノム編集技術

 生物が持つゲノムDNA上の特定の塩基配列を狙って変化させる技術で植物では品種改良を効率化したり、従来困難であった形質を付与する技術として開発、利用されています。

CRISPR/Cas9システムは現在、最も利用されているゲノム編集技術であり、開発者であるエマニュエル・シャルパンティエ博士とジェニファー・ダウドナ博士は2020年にノーベル化学賞を受賞しました。

注2)ベタレイン (Betalain)

 植物色素の一種で、ベタキサンチン(黄色)とベタシアニン(赤紫色)に分類されます。ベタレインを含む植物はナデシコ目に限られ代表的なものとして、オシロイバナ、ケイトウ、マツバボタンなどがあげられ、着色料として利用される赤ビートの赤色もベタレインです。